不動産売買の実務において、神経を使う場面の一つが「解体更地渡し」を条件とした居住用物件の取引です。
売主側仲介として、借主から「退去する」との合意を取り付け、万全の態勢で売買契約を締結したはずが、いざ期日が近づいても一向に荷物がまとまらない…。
もし退去が遅れれば、解体工事はストップし、買主への引渡し義務に違反するという最悪のシナリオが現実味を帯びてきます。
「借主のせいで多額の違約金が発生したのだから、その分を損害賠償として請求できるはずだ」そう考える売主様は少なくありません。
しかし、法律上の「理屈」と、裁判実務における「回収可能性」の間には、驚くほど大きな乖離があることをご存知でしょうか。
本記事では、退去合意があったにもかかわらず借主が居座り、売買契約に支障が出たケースを題材に、弁護士が法的責任の限界と実務的な防衛策を詳しく解説します。
仲介会社が「リスク説明」や「スケジュール設計」で陥りがちな落とし穴について、一緒に見ていきましょう。
Q:退去合意書で退去日を決めたのに借主が出ていかず、そのせいで解体工事が遅れ、買主への引渡しができなくなった場合、その損害は借主に請求できますか?
A:契約違反ですので理論上は損害賠償請求できます。ただし、実務では「解体工事の遅延損害」「売買契約の違約金」などをそのまま借主に転嫁するのは難しく、裁判になれば、退去約束日から明渡し完了までの賃料相当額が中心になると考えておくべきです。
相談背景
昭和45年築の老朽建物について、解体更地渡しを前提に建売業者へ売却する契約が締結されました。売主は個人、弊社は売主側仲介です。
売買契約前に、借主へ「老朽化に伴い取り壊すため退去してほしい」と打診したところ、「以前から聞いているので退去予定」との回答がありました。録音も残っています。
しかし契約締結後、借主は「忙しい」と述べるのみで、退去準備の様子が見えません。
退去猶予は6か月設けていますが、万一退去が遅れれば、解体工事、決済・引渡しへ影響が出るおそれがあります。仲介会社として、どこまで法的責任が追及できるのか、対応策をどう取るべきかが問題となりました。
弁護士の回答
1.退去遅延と損害賠償の基本構造
借主が退去合意書に定めた期日までに退去しない場合、契約違反に基づく損害賠償請求は理論上可能です。
もっとも、裁判実務では「どこまでの損害が相当因果関係の範囲に入るか」が厳しく判断されます。解体工事の遅延、建売業者との違約金、全体プロジェクトの損失などをそのまま借主へ請求するのは、立証面でも法的評価面でもハードルが高いのが現実です。
2.実務上の目安は「賃料相当損害金」
実務で認められやすいのは、約定退去日以降の「賃料相当損害金」です。
つまり、退去約束日を過ぎてから実際の明渡し完了までの賃料相当額が一つの基準になります。
「売買契約が履行できなくなった損害の全額」を借主へ転嫁するのは極めて困難です。ここを誤解していると、売主のリスク説明を誤り、仲介会社の信頼問題に発展することもあります。
3.退去合意書に損害賠償条項を入れるべきか
退去合意書に「期日までに退去しない場合、売主に生じた損害を賠償する」との条項を入れること自体は可能です。
しかし条項を書いたからといって、無制限に回収できるわけではありません。過度に強い違約金条項は、実際の紛争時に減額される可能性もあります。
仲介実務としては、条項整備と同時に「現実的な回収可能性」を売主へ説明しておくことが重要です。
4.業者紹介は不当行為になるか
今回の相談では、賃借人が引っ越すための引っ越し業者や不用品回収会社等を紹介することに法的問題があるか?という質問も合わせてございました。
引越業者や不用品回収業者、賃貸仲介会社を紹介すること自体は違法ではありません。
むしろ早期退去を実現するための合理的支援と評価される場合もあります。
ただし、注意点として、紹介業者の不手際で退去が遅れた場合、「仲介会社の紹介が原因だ」と責任転嫁されるリスクがあります。
関与しすぎず、あくまで「情報提供」に留めることが安全です。
5.まとめ
退去遅延が売買契約へ影響する場合でも、借主に請求できる損害は限定的です。
仲介会社としては、法的限界を理解した上で、スケジュール管理と売主へのリスク説明を徹底することが実務対応の要となります。
弁護士の実務コメント
退去遅延と売買引渡不能の問題は、「理屈」と「実務回収可能性」が大きく乖離する典型例です。裁判例でも、賃料相当額を超える広範な損害が全面的に認められるケースは多くありません。売買契約締結前に、退去完了を停止条件とするか、十分な退去猶予期間を設けるなど、契約設計段階でのリスク管理が最も重要です。
今回のケースでは、買主が業者でしたので、賃借人が違約する可能性を含めて、契約を設計する余地があったかと思います。
逆に、このケースで買主が個人の消費者で「子どもの入学までに新築を建てたかった」なんて事案でしたら、大きなトラブルになっていた可能性があります。「賃借人付の物件」では、買主の購入スケジュールへの重要度がどこまで大きいかも非常に重要になると言えるでしょう。
また、賃借人でなくとも、売主が単純に引っ越さないとか、車を動かさない、なんてケースもありました。明白な契約違反であっても、物理的に退去を強制したり、車両を独断で処分することは法的に認められません。そのため、違約が発生した場合には、通常、訴訟等の法的手続が不可避となります。
仲介会社に求められるのは、法的知識よりも、「違約されるかもしれない」というリスク想定と、そのリスクに備える「現実的なスケジュール設計力」といえるでしょう。

山村 暢彦氏
弁護士法人 山村法律事務所
代表弁護士
実家の不動産・相続トラブルをきっかけに弁護士を志し、現在も不動産法務に注力する。日々業務に励む中で「法律トラブルは、悪くなっても気づかない」という想いが強くなり、昨今では、FMラジオ出演、セミナー講師等にも力を入れ、不動産・相続トラブルを減らすため、情報発信も積極的に行っている。
数年前より「不動産に強い」との評判から、「不動産相続」業務が急増している。税理士・司法書士等の他士業や不動産会社から、複雑な相続業務の依頼が多い。遺産分割調停・審判に加え、遺言書無効確認訴訟、遺産確認の訴え、財産使い込みの不当利得返還請求訴訟など、相続関連の特殊訴訟の対応件数も豊富。
相続開始直後や、事前の相続対策の相談も増えており、「できる限り揉めずに、早期に解決する」ことを信条とする。また、相続税に強い税理士、民事信託に強い司法書士、裁判所鑑定をこなす不動産鑑定士等の専門家とも連携し、弁護士の枠内だけにとどまらない解決策、予防策を提案できる。
クライアントからは「相談しやすい」「いい意味で、弁護士らしくない」とのコメントが多い。不動産・相続関連のトラブルについて、解決策を自分ごとのように提案できることが何よりの喜び。
現在は、弁護士法人化し、所属弁護士数が3名となり、事務所総数7名体制。不動産・建設・相続・事業承継と分野ごとに専門担当弁護士を育成し、より不動産・相続関連分野の特化型事務所へ。2020年4月の独立開業後、1年で法人化、2年で弁護士数3名へと、その成長速度から、関連士業へと向けた士業事務所経営セミナーなどの対応経験もあり。
弁護士法人 山村法律事務所
神奈川県横浜市中区本町3丁目24-2 ニュー本町ビル6階
電話番号 045-211-4275
神奈川県弁護士会 所属
山村法律事務所ウェブサイト
不動産・相続
企業法務















