「親族だから」という理由で、契約書を交わさずに物件を貸しているケースは少なくありません。しかし、いざ滞納が始まると、情がある分だけ問題は複雑化し、売主様の精神的負担は計り知れないものになります。
今回ご紹介するのは、家賃滞納を繰り返す親族との契約をめぐるご相談です。売主様からは「改めて契約書を作り、違反したら即退去という条項を入れたい」との要望が出ていますが、果たしてそれは法的にどこまで有効なのでしょうか?
仲介会社の担当者が良かれと思って契約書の作成を手伝うことで、思わぬ「非弁行為」や「説明責任」に問われるリスクについても、弁護士が詳しく解説します。
Q: 親族に貸して家賃滞納が続いています。今から契約書を作り、「違反したら立退き」と書けば明渡し請求できますか?
A: 原則として条項だけで自動退去にはできず、合意か訴訟・強制執行が必要です。
相談背景
売却相談を受ける仲介会社から、「売主が妹夫婦に貸している家が、家賃滞納の繰り返しで精神的に限界。手放したい」という相談が入りました。親族間のため賃貸借契約書は作らず、条件は口約束に近い状況でした。売主は支払状況の協議を求め通知を重ねたものの進展せず、明渡しの意思表示まで行いました。ところがその後、借主が「今後も借りたい」と連絡がきました。売主は今回に限り書面契約を条件に継続も検討し、仲介として法的に安全な線引きを知りたい、という流れです。
弁護士の回答
1.解除が認められにくい理由
普通賃貸借契約を結ぶ以上、「滞納したら即退去」という合意をしても、現実には明渡しに裁判手続が必要になりがちです。滞納があっても、解除が認められるには「信頼関係が壊れた」といえる程度の重大な契約違反や経過が問題になります。親族間では心情的な猶予や再発が起こりやすく、裁判所も事情を丁寧に見ます。
2.契約条項や免責特約の影響
契約書に「立退き条項」を記載することは可能ですが、売主が期待する「違反=当然明渡し」のような条項は万能ではありません。普通賃貸借契約では、このような条項があっても、「信頼関係が破壊されたかどうか」という事情を個別に検討します。
退去を確実にしたいなら、そもそも普通賃貸借ではなく定期借家(期間満了で終了)を検討する必要もあります。ただし定期借家は方式が重要で、手続を誤ると普通賃貸借扱いになり得ます。定期借家は、定期借家であることを説明する書面の交付などの方式遵守が必要不可欠なのです。また、定期借家契約であっても、相手が実力行使で立退かないということになれば、裁判を起こして強制執行手続にて立ち退かせる必要があります。
「契約書に記載すること」と、「契約書通りに現実を動かすこと」の間には大きな隔たりがあることは知っておいて損はないでしょう。
3.仲介会社の調査義務・責任範囲
仲介会社の立場にも留意する必要があります。ご相談の仲介会社が売却仲介の立場にとどまるなら、賃貸借契約書のひな形提供や条項設計まで踏み込むのは慎重であるべきです。契約書を“作ってあげた”形になると、後に原状回復や立退きの可否で揉めた際に「その説明を信じた」と責任追及される火種になります。線引きは、法律判断は専門家へ誘導し、仲介は売却実務に集中するのが安全です。気を付けないといけないのは、優しさから手伝いすぎると、貸主と借主の仲裁をしていたのではないかと、法的な交渉、代理行為として弁護士法違反になる恐れすらある点です。
4.実務的に可能な対応策
貸し借りの関係を継続するなら、まず書面化+証拠化が必要です。賃料・支払日・振込指定・遅延時の連絡手順を明確にし、支払いは必ず口座振込に統一します。再発リスクが高い場合は保証人や保証会社、敷金の再設定も検討します。退去を見据えるなら、最優先は合意解除(明渡し合意書)。合意が難しい場合に備え、早期に弁護士への相談も必要でしょう。
5.まとめ
契約書は作る意味がありますが、「違反したら立退き」と書いても自動退去はできません。売却を成功させるには、継続か退去かの方針を早めに定め、仲介は責任範囲を線引きしつつ専門家連携で進めるのが安全です。
弁護士の実務コメント
家賃滞納の明渡しは、条項の工夫よりも「証拠」と「手順」で勝負が決まります。親族間は感情が絡み、合意形成が遅れがちです。また仲介会社の立場からは、賃貸の立て直しを“業務範囲・サービスの範疇で抱えない”線引きを明確にし、早い段階で弁護士・管理会社へバトンを渡すのが結局いちばんだと思います。やさしさから良かれと思って手伝うと、余計な責任とかえってトラブルに巻き込まれる可能性があるので、その点は注意が必要と言えるでしょう。
また、繰り返しになりますが、「契約書に記載すること」と、「契約書通りに現実を動かすこと」の間には大きな隔たりがあることは、宅建業者の方のみならず、不動産に関与する方が広くしっておくべき重要な事柄だと思います。
相談元の事例
現在、ご相談を受けている売却物件について、ご質問させていただきたくご連絡いたしました。
業者A:売却相談を受けている仲介業者
売主(貸主):一般・個人の売主
借主:売主様の妹様ご夫婦
ご相談いただいた背景・現在の状況をご説明させていただきます。
今回、借主である妹様ご夫婦が、再三に渡って家賃滞納を繰り返されており、それに伴う売主様の心理的負担が大きくなったために、手放されたいとのことでご相談いただきました。
親族間であったため、賃貸借契約書を交わしておらず、家賃等の条件については口約束に近い形での取り決めがされていたそうです。
売主様としては、2024年4月以降、家賃滞納金の確認に関して、協議を再三求め、今年8月中旬には「8月中に協議日程の決定がなされない場合は物件明渡を求める」旨を通知しております。同月24日と26日にも通知するも協議日時連絡はなく、協議に応じる意思がないと売主様が判断されました。本来は協議による解決を望んでおりましたが、本通知に至ったようです。
ですが9月に入って少し状況が変わり、借主より今後も賃借したい旨のご連絡があったため、明文化された賃貸借契約書を交わすことを条件に、今回に限り賃貸借の継続を認められることを考えております。
以上の内容をもとにご質問させていただきたいです。
①添付をさせていただきました土地・建物賃貸借契約書の内容は法的に有効なものでしょうか?(賃貸の仲介には弊社としては携わらないです)
②もし今後、今回のようなケースに至った場合、立退要請を行い、物件の売却をされますが、法的な観点から正当な立退要請ができる内容となっておりますでしょうか?
もし、こちらの質問内容に関して、有料相談になってしまうということであれば、そちらも検討をさせていただきたいです。お忙しいところ恐れ入りますが、ご確認をいただけますと幸いです。何卒よろしくお願いいたします。
弁護士回答
1)まず、ご質問からずれてしまうのですが、あくまで御社の立場からすれば、今後の売主仲介見込み客の確保としても、賃貸借契約のひな形提供まで立ち入らないほうがよいのではないかな、というのが率直な感想です。
あくまで、御社としては売主仲介の立場でしかなく(賃貸管理・賃貸仲介ではない)、
特に、賃貸借契約書を提供してしまうと、その契約内容(主に、原状回復等、本件では立退きの可否等)について責任が生じるためです。
2)そして、次の②のご質問ですが、「②もし今後、今回のようなケースに至った場合、立退要請を行い、物件の売却をされますが、法的な観点から正当な立退要請ができる内容となっておりますでしょうか?」
⇒法的な観点からは、「・・・・に違反したら立退く」というのは、契約内容をどのように定めても基本的には認められません。
普通賃貸借契約を結ぶ以上は、今後違約された場合にも、訴訟+強制執行で解決せざるを得ません。
(※立退きに関しては、書面を交わしても違約されたら裁判するほかなく、唯一の例外が、「即決和解」という特殊な手続のみです。)
3)順番前後しますが、①については、一般的な賃貸借契約としては機能するとは思いますが、
売主オーナーが希望しているような立退条件などは無効になりますし、そもそも責任が重くなるので、契約書のひな形提供等をしないほうが良いと思います。
以上、ニーズに沿った回答からはずれてしまうかとは思いますが、今回の売主側にどこまで寄り添うのかという点から、少々立場を変えたほうがよいのではないかと思いました。
(※全く突き放すわけにもいかないのであれば、ご要望をいれたカスタムした賃貸借契約書等ではなく、ネットなどで拾ったひな形を参考に提供してあげるぐらいが関の山だと思います。)

山村 暢彦氏
弁護士法人 山村法律事務所
代表弁護士
実家の不動産・相続トラブルをきっかけに弁護士を志し、現在も不動産法務に注力する。日々業務に励む中で「法律トラブルは、悪くなっても気づかない」という想いが強くなり、昨今では、FMラジオ出演、セミナー講師等にも力を入れ、不動産・相続トラブルを減らすため、情報発信も積極的に行っている。
数年前より「不動産に強い」との評判から、「不動産相続」業務が急増している。税理士・司法書士等の他士業や不動産会社から、複雑な相続業務の依頼が多い。遺産分割調停・審判に加え、遺言書無効確認訴訟、遺産確認の訴え、財産使い込みの不当利得返還請求訴訟など、相続関連の特殊訴訟の対応件数も豊富。
相続開始直後や、事前の相続対策の相談も増えており、「できる限り揉めずに、早期に解決する」ことを信条とする。また、相続税に強い税理士、民事信託に強い司法書士、裁判所鑑定をこなす不動産鑑定士等の専門家とも連携し、弁護士の枠内だけにとどまらない解決策、予防策を提案できる。
クライアントからは「相談しやすい」「いい意味で、弁護士らしくない」とのコメントが多い。不動産・相続関連のトラブルについて、解決策を自分ごとのように提案できることが何よりの喜び。
現在は、弁護士法人化し、所属弁護士数が3名となり、事務所総数7名体制。不動産・建設・相続・事業承継と分野ごとに専門担当弁護士を育成し、より不動産・相続関連分野の特化型事務所へ。2020年4月の独立開業後、1年で法人化、2年で弁護士数3名へと、その成長速度から、関連士業へと向けた士業事務所経営セミナーなどの対応経験もあり。
弁護士法人 山村法律事務所
神奈川県横浜市中区本町3丁目24-2 ニュー本町ビル6階
電話番号 045-211-4275
神奈川県弁護士会 所属
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