分譲地の造成遅延で引渡し延期…「余分にかかった家賃」は売主に請求できる?【弁護士解説:不動産相談事例06】

山村 暢彦 山村 暢彦
弁護士法人 山村法律事務所
公開日:2025/12/17
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「分譲地の造成が遅れて決済期日がズレ込み、お客様からは『今住んでいる賃貸の余分な家賃を売主に請求したい』と強く言われています...」

土地探しから建築までワンストップで請け負う工務店や、土地仲介を兼ねる建築会社において、造成現場の遅延トラブルは避けて通れません。特に開発許可や行政協議が絡む現場では、当初の工程通りに進まないことが多々あります。

この時、買主様(施主様)の怒りの矛先は、目の前の担当者に向きがちです。
法的に「遅延損害としての家賃補償」はどこまで認められるのか?

今回は、経営者・実務責任者が押さえておくべき法的見解と、現場での対応策について解説します。



Q: 分譲地の造成遅延で決済が再延期になりました。買主から「延長期間中の家賃を負担してほしい」と要望があります。売主に請求できますか?

A: 原則として、遅延が「売主の責めに帰すべき事由」と認められない限り、法的な家賃補償の請求は難しいです。まずは法的位置づけを整理しつつ、実務上の交渉余地を探るのが現実的です。

 

相談背景


大手デベロッパーが売主の全23区画の分譲地。宅地完成前に売買契約を締結し、当初の決済期日は7月末でした。しかし、造成の遅れや家屋調査士の図面変更により、期日を11月末まで延長する合意書を締結。さらに、該当区画に関して「里道の寄付・移転手続き」が必要となり、決済を12月末へ再延長する運びとなりました。買主からは「入居時期の大幅な後ろ倒しにより賃貸家賃が余計に発生している。売主に補償を求められないか」との相談。重要事項説明には「売主の責めに帰すべき事由による遅延は損害賠償の対象」との趣旨の記載があります。

 

弁護士の回答


1.解除・補償が認められにくい理由
造成や開発は行政協議や許認可、里道処理など外部要素の影響が大きく、遅延原因が売主単独の過失と断定できないことが一般的です。
原因が不明確(グレー)の場合、法的評価は「売主の帰責性なし」に傾きます。したがって、遅延損害として家賃補償を当然に請求するのは困難で、解除も直ちには認められにくいのが実務です。

2.契約条項や重説記載の影響
多くの売買契約・重説は「売主の帰責事由があれば損害賠償可」と定めますが、行政手続の遅延や不可抗力に近い事情は帰責性が否定されやすい領域です。
今回の里道寄付・移転の要否や所要時間、準備体制などの事実を詰めなければ、条項上の文言だけで賃料全額の補填までは導けません。条項は「要件が揃えば」効く、という理解が重要です。

3.仲介会社の調査義務・説明対応
仲介は、遅延要因・進捗・再延長見込みを売主から極力書面で取り付け、買主に時系列で透明化して説明する責務があります。
原因が売主起因か不明な場合は「法的に補償請求は難しい可能性」を誤解なく伝える一方で、工程管理や情報提供の不足があれば是正を要請します。
感情的対立を避け、事実ベースでの説明と記録化(議事録・メール保存)が肝要です。

4.実務的に可能な対応策
法的帰責性が弱いときでも、交渉での「誠意対応」は狙えます。
例として、①一部費用の協力金、②外構・仕様アップ等の代替補償、③引渡し後の小修繕無償対応、④決済日程の柔軟運用、⑤つなぎ融資費用の一部負担など。
いずれも“法的義務”ではなく“任意対応”である点を明確にしつつ、買主の不満放置による解約・紛争化のリスクも伝えて、売主側のメリットを示します。

5.まとめ
造成遅延は「売主の責め」を立証しにくく、家賃補償の法的請求はハードルが高い一方、任意の調整・代替補償での着地は現実的です。宅建業者は、事実整理→説明→交渉提案→記録化の順で粘り強く対応することで、信頼を損なわずに合意形成へ導くのが重要といえるでしょう。
「担当者の段取りが悪かっただけです!」というご不満も度々聞きますが、今回のような場面のように、「何が悪かったのかわからない」という場面では、法的な責任を正面から追及することは難しいので、任意に譲歩案を引き出していくほかないのです。

⑤ 弁護士の実務コメント
開発・里道等が絡む遅延は、裁判でも売主帰責が否定されやすいテーマです。他方、長期化すれば売主もレピュテーション低下を回避したく、特に大手デベロッパーは一定の任意補償に応じる例はあります。早期に「原因・工程・再発防止」を紙で出させ、代替案の選択肢を提示して三者合意を目指す。これが現場で最も“効く”進め方だと思います。

 

参考:過去相談


とある売主の分譲地で、23区画ほどの大きな土地なのですが、宅地完成前にご契約し、現在決済前の状態になります。

昨年の12月にご契約し、決済期日が5月末となっていたのですが、造成が遅れているのと、家屋調査士の図面に変更があり、決済期日を余裕を見て9月末まで伸ばすことになり、延長合意書を結んでおりました。

その後、8月初旬に今回の売買する区画のみ、里道の寄付関係の申請がかかるため、里道をハウスドゥ様が買い取って移転手続きする必要があると連絡があり、その兼ね合いで決済を10月末まで伸ばす必要があると連絡がありました。

その旨を買主様にお伝えすると、もともと予定していた期日よりもかなり遅れており、建物完成時期が大幅に遅れることから、今住んでいる賃貸の家賃も多くかかってしまうため、その分は負担してもらえないのでしょうか?と連絡がありました。

重説の文言には、下記添付画像の内容が入っておりますが、上記の内容が売主の責めに帰すべき事由に該当するかどうか、該当するのであれば遅延分の家賃の支払いをハウスドゥ様側に申し出できるのかどうかについてご教示いただけますと幸いです。

 

1)法的な見解


今回の遅延理由だけだと、正直、法的に売主責任での遅延かどうかまでは「わからない」というのが厳密な回答になると思います。

開発行為は行政との絡みもあり、どのような理由による遅延なのか、買主側の段取りの悪さではないか?という面があったとしても、その点明らかにならないケースが多いです。

その上で、「わからない」場合には、売主の「帰責性なし」と考えざるを得ないのが法律の考え方です。

物事には、売主責任:黒、買主責任:白、真偽不明:グレー、という状態があるところ、今回の場面では、買主側が真偽不明グレーのリスクも負わざるを得ない状況だからです(=売主責任と、完全に売主が黒と言えるケースだけが、責任追及できる。)

2)実際上の対応


ただ、現実的に、今回の再度の延期も致し方なく、法的には売主の責任追及ができない可能性が高いですが、

「そもそも一度目の延期の際に、今回の延期原因も想定して同時並行して動くことはできなかったのか?」
「少なくとも、今回の延期分の賃料等については、売主負担で対応してほしい」と申し入れることは、やっておいた方が良いと思います。

実際上、売主側の不手際かもしれませんし、賃料の負担をしてもらえるかどうかだけではなく、あまりにも遅延していると買主も黙っていないと、売主を急かす意図もあるからです。

以上のように、法的には買主の要望は通りづらいことを説明の上、売主と掛け合ってあげるというのが実務的な対応として、良いかと思います!

 


山村 暢彦氏
弁護士法人 山村法律事務所
代表弁護士

実家の不動産・相続トラブルをきっかけに弁護士を志し、現在も不動産法務に注力する。日々業務に励む中で「法律トラブルは、悪くなっても気づかない」という想いが強くなり、昨今では、FMラジオ出演、セミナー講師等にも力を入れ、不動産・相続トラブルを減らすため、情報発信も積極的に行っている。

数年前より「不動産に強い」との評判から、「不動産相続」業務が急増している。税理士・司法書士等の他士業や不動産会社から、複雑な相続業務の依頼が多い。遺産分割調停・審判に加え、遺言書無効確認訴訟、遺産確認の訴え、財産使い込みの不当利得返還請求訴訟など、相続関連の特殊訴訟の対応件数も豊富。

相続開始直後や、事前の相続対策の相談も増えており、「できる限り揉めずに、早期に解決する」ことを信条とする。また、相続税に強い税理士、民事信託に強い司法書士、裁判所鑑定をこなす不動産鑑定士等の専門家とも連携し、弁護士の枠内だけにとどまらない解決策、予防策を提案できる。

クライアントからは「相談しやすい」「いい意味で、弁護士らしくない」とのコメントが多い。不動産・相続関連のトラブルについて、解決策を自分ごとのように提案できることが何よりの喜び。

現在は、弁護士法人化し、所属弁護士数が3名となり、事務所総数7名体制。不動産・建設・相続・事業承継と分野ごとに専門担当弁護士を育成し、より不動産・相続関連分野の特化型事務所へ。2020年4月の独立開業後、1年で法人化、2年で弁護士数3名へと、その成長速度から、関連士業へと向けた士業事務所経営セミナーなどの対応経験もあり。

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電話番号 045-211-4275
神奈川県弁護士会 所属

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